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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

(前編)螺旋なる運命の巡り合わせ

*オリキャラの設定を使っております。
 あと物語の都合上、オリキャラと既存のキャラとの絡みが多分に含まれます。
 そういったものが受け付けない方はお戻りを。中二病設定注意。



























 私は吸血鬼。名前はセキ。生まれながらに闇の眷属として、夜の支配者の一員として生を受けた者。
 もう幾百年もの時間を過ごしてきた。だが、見た目は街を行く十代の少女達と何ら変わらない。
 わかりやすい違いは大きな蝙蝠の翼と、大きく鋭い犬歯。そして太陽の光を浴び、木の杭を打ち込まれれば灰になるということ。

 私の目的はこの世界から自分を含めて、吸血鬼を全て消滅させてしまうこと。
 吸血鬼である私を受け入れてくれた、異性の愛人を吸血鬼に殺されてしまったから。
 その人だけでない。吸血鬼を受け入れようという考えの人々まで、わざわざ殺しにいった同属が恨めしいから。
 大切な人々を殺していった吸血鬼という存在が憎い。この世の吸血鬼を全滅させて、自分も灰になってやる。
 そうすれば、もう吸血鬼に悲しむ人はいなくなる。だから私は同族を殺して回った。
 次の目標は吸血鬼の中でも悪名高い、レミリア・スカーレット。
 聞くところによれば、自分を殺しにきた吸血鬼殺しの人間を従わせているという。
 なんと我侭か。その人間がかわいそうで仕方が無い。
 レミリアは吸血鬼として身体能力が高いだけでなく、周りの者を数奇な運命に導く能力があるという噂。
 しかし意外なことに、レミリアは吸血行為による同属作りが苦手という情報を得た。人間の従者も、まだ吸血鬼にされていない可能性がある。
 できるだけ急いでレミリア・スカーレットを滅してしまい、その人間を救いたい。
 私はレミリアがいる場所をつきとめた。日本の幻想郷という所で、紅い館に住んでいるという。
 それから、私は日本へ飛んだ。今なお神話や信仰の建築物が多く残る京都へ。
 幻想郷へは博麗神社が管理する大結界で、現世と切り離されていると人から聞いた。
 ならば、それらしい寺や神社を訪問して歩いていけばいつか博麗神社に辿りつき、境界を越えられるのではないか。
 大雑把であるが、そう考えた私は町中を歩きまわった。
 太陽が顔を出している下でも動けるよう、日傘を差して。
 吸血鬼がいると騒がれるのは面倒なので、自分の翼が見えないように魔法をかけておいて。
 幾つかの宗教的な意味のある建物を巡っていくうち、とある山奥にある小さな神社を目指して歩くことに。
 山に入り、景色は木々の生い茂る林へ。さらに深くなり、森へ。
 人間が歩きやすいように用意された木組の階段は徐々に崩れはじめ、道は険しくなっていく。
 柵などというものは最早なく、道の先には獣が通った跡さえ無くなって来た。
 霧が出始め、引き返す道さえわからなくなった。迷ったのだろうか。
 辺りに違和感がする。人がいる気配ではなく、妖精や妖怪の類が放つ気配。
 もしやと期待する。寺院を周ってきたが、こんな空気を感じたことがない。
 やはりと確信した。この先には、妖かしの者がいる。はたまた、結界を越えて幻想郷に繋がっているに違いないと。
 森を抜けると、そこには大きな湖が広がっていた。
 湖の近くに見えるは、紅く窓の少ない大きな館。吸血鬼一匹とその従者だけが住んでいるとは思えないほど大きな建物。
 この館こそ、あのレミリア・スカーレットの居城に違いない。
 私は真っ直ぐ、館の入り口を目指した。
 わざわざ夜を待つよりも、眠っているであろう今を狙うほうがいいと思って。
 吸血鬼は夜にエネルギーを使う生き物だから、昼間は動きが鈍いはずであるから、殺しやすい。
 私は一錠の薬を飲み込んだ。これは家畜の血を凝縮したもの。
 この薬を飲むことでわざわざ人間を殺し、生き血を吸う必要がなくなるのだ。血を欲するこの体を誤魔化すことができるものなのである。
 入り口には一人の門番がいた。気配からして人ではなく、妖怪であるとわかった。
 さてどうしたものか。邪魔者がいるなら全て倒してしまう気持ちできたが、日傘で片手が塞がっている状態。
 目眩ましで簡単に誤魔化せる程度の妖怪であればいいが、そんな簡単な術が通用するようには思えない。
 ここは挨拶の一つでもしてみて、様子を伺おう。
「失礼。道に迷ったのですが、ここはどこなんでしょう?」
 中華風のお洒落で身を包んだ妖怪が、明るい笑顔で挨拶を返す。
「あら、珍しい。むしろこんなところへ迷えるのが凄いわね。ここは紅魔館と言って、吸血鬼お嬢様のお家よ」
 門番をしているであろうと思ってどんな態度で接せられるのかと思っていたが、案外人当たり良い妖怪のようである。
「ふうん。これだけ立派な、お城みたいな家に住んでおられるのだから、とてもお綺麗で、立派な方なのね」
「おまけにすごく強いわよ。私なんかぶっ飛ばされちゃうかも、なんてね」
 軽い冗談を飛ばした門番。とても人をとって食う妖怪とは思えない。むしろ、外道な人間よりよっぽど人間に近いと感じた。
「そのお嬢様に、是非とも会ってみたいわ」
 笑い声を飛ばす門番が、口を閉じた。目線は鋭くなり、体からにじみ出る妖気が爆発的に膨らむ。
 人らしい妖怪から、妖怪らしい妖怪に変化したようにも見えた。
「残念だけど、それはできない。ここを通りたければ、私を倒してみせなさい」
 足を踏みしめ、大地を震わせた。とある拳法の構えを取り、私を睨む。
 門番はあくまで門番。主と対峙すべき力があるかどうか試される相手と言えよう。
 この理論が正しければ、この妖怪はそんなに強くはないかもしれない。かといって、油断はできない。
 拳法とは人が人と闘うための手法であるから、おそらく相手は人外の私にどれだけ通用するかわからないはず。
 故に基礎的な体力、筋力、反射神経等は妖怪の類に張り合えるほど鍛えてるに違いない。
 今すぐこの門番と戦うべきか、門番が寝静まるであろう夜を狙うべきか。
 先ほどから幻惑の術をかけているが、全く変化がない。何かしら、耐性があるらしい。
 どちらにせよ、この門番との戦闘は回避できないのかもしれない。
 ならばいい。準備運動代わりに、この妖怪を消してしまおう。
「美鈴、その方を通して上げなさい」
 門の奥から女性の声がした。奥から出てきたのは、銀髪の小間使い。
 美鈴と呼ばれた門番は驚く。彼女から殺気が消えうせた。
「どういうことですか、咲夜さん。どうみても目の前の奴、怪しいじゃないですか」
「この方はお嬢様のご客人だそうよ」
「お嬢様の友達? そんなの聞いたことないわ」
 私もそんなこと知らない。レミリアという同族となんか、一度も会ったことがない。
「いいから、お通ししなさい。失礼しました、この門番めの無礼をお許しください」
 小間使いが頭を下げる。門番もつられて頭を下げた。
「私は十六夜咲夜。ここ紅魔館の主、レミリア様にお仕えしている者です。今日はお嬢様からご客人が訪ねてくると聞いております」
「……セキよ」
「セキ様ですね。では、館内へご案内させていただきます。どうぞ中へ。傘をお持ちしましょう」
 門番は私を見て「本当?」と疑いの眼差しを飛ばしてくる。首を左右に振りたいところだが、ここは中にいれていただこう。
 だから、何も言わず小間使いの言うとおりに従った。
 すっかり気力の萎えた門番をかわして、いざ紅魔館の中へ。
 館内ではたくさんの妖精がメイドの格好をして、そこら中を飛び回っていた。
 床には赤いカーペットが敷かれており、よく掃除されていてとても綺麗である。
 廊下には芸術品、珍品が飾られていた。いずれも、小間使いの咲夜が集めたものらしい。少し前に、そう聞いたから。
 小間使いと私、沈黙して紅魔館を歩く。
 階段を昇り、突き当たりの部屋を目指して。
 それにしてもこの小間使い、ただの人間ではなさそうだ。息使い、体運びは間違いなく訓練されたものとしか思えない。
 何より、この小間使いが先ほど門の奥から出てきたときのこと。気配を全く感じさせること無く、あの門番の後ろに立っていた。
 相当な腕前を持っているに違いない。
 レミリアのことを主と呼んでいたから、この小間使いこそ従わされている人間なのだろう。
 嫌々この仕事をしているようには見えないが、もしかすれば命令に従うよう術をかけられているのかもしれない。
 もしくは、従っている振りをしてレミリアを殺す機会を窺っているのか。
 突き当たりに到着した。咲夜がノックし、扉が開け放たれた。
 そこには、椅子に座る吸血鬼がいた。
 ただひたすらに、私が来ることを待ち望んでいるかのように。
 私が訪ねてくることなど最初から見透かしているように。紅い悪魔、レミリア・スカーレットは佇んでいた。
 手入れの行き届いた綺麗な髪。端正な顔つき。趣味のいいお洒落。立派な翼。ガラス細工のように繊細で、鋼より強そうな四肢。
 そのどれもが、力ある吸血鬼に相応しい品格を持っていた。
「はるばる幻想郷の外からようこそ。わたしはここ、紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。あなたの名前を聞かせてちょうだい」
 レミリアの口から聞く、記念すべき第一声。透き通るようなソプラノに、鳥肌が立った。
 薔薇の香りがする。彼女の香水のせいなのだろうか。全身に浴びた鉄の臭いを誤魔化すための。
「セキよ。はじめまして、レミリア・スカーレット」
「そう、セキって言うのね、あなたのお名前は。わたしのことはレミリアと呼んで結構よ」
 私の反応を聞いて、レミリアが卑屈に笑った。物の怪らしい、狂気を内包したような目つき。
 生き血を吸うために殺めた人の数は百や二百じゃ済まないだろう。直感的に、そう思った。
 私を見つめるレミリア。そのレミリアを見つめ返す私。
 想像した。この、お嬢様と親しまれる吸血鬼がどんな戦い方をするのか。
 さぞかし優雅に、美しく立ち回るのだろう。動きはすばやく、その攻撃は並の生物を簡単に死滅させるほどのものなのだろう。
 相手も同じようなことを考えているのだろうか。
 楽しそうだ。いや、この吸血鬼と闘えばきっと楽しいに違いない。
 殺す、という目的を忘れてしまうほどに闘ってみたい。お互いの体をぶつけ合い、爪を交わし、相手の血でこの場のカーペットを染めてみたい。
 気がつけば、私も笑っていた。レミリアのように不吉で不気味な笑み。わかっていても、笑いが止まらない。
「ねぇ、セキ。何がそんなにおかしいの?」
「いえ、なに──あなたがあんまり綺麗だから、羨ましいと思っただけ」
「お世辞はやめて欲しいわ。あなたの方が、よっぽど綺麗だと思っているのに」
 翼にかけていた魔法を解かした。動かすことができずにいた翼を、羽ばたかせた。
「立派な羽をお持ちで」
 後ろで控えていた咲夜が口を挟んだ。
 つい睨んでしまったが、彼女は怯むことなく笑顔で返した。
「嬉しいわね。これを褒められたことなんて、一度もなかった」
「それは光栄ですわ。さてと、お嬢様、セキ様、お茶とお菓子をお持ちします。少々お待ちを」
「お菓子? 私は甘いものが嫌いなの。お菓子はけっこう」
「セキ、どうか味わって欲しいわ。きっと、あなたも気に入るから」
「……そう。あなたがそう言うなら、持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
 咲夜は頭を下げ、部屋を出ていった。レミリアが椅子から降りて、こちらへ近づいた。
 ああ、近くで見るのもいい。その姿を。
「こんなところで同族と出会うなんて、奇遇だわ」
「私はあなたに会ってみたくて、ここまで来たの」
「ねえセキ、色んな話を聞かせてちょうだい。あなたと一杯おしゃべりしたいわ」
「勿論よ。レミリアの話も聞かせてね」
「どうぞ座って。時間は、たくさんあるんだから」
 ここに来たのはレミリアを殺すため。灰に返し、塵にしてやること。
 レミリアにまだそれは気付かれていないと思う。今下手に動くことは厄介だろう。もう少し様子を見よう。
 それに私自身、レミリアとおしゃべりがしたくて仕方がなかった。

 咲夜はすぐに来た。大きなトレイを持って。
 テーブルにカップと白いクリームでデコレーションされたケーキが乗った皿が並べられる。
「紅茶と生クリームのケーキでございます。少しお待ちを」
 カップにお茶が注がれる。おそらく高価な茶葉なのだろう。安物など、このレミリアに似合わないから。
 咲夜は砂糖が入っているであろう小瓶をテーブルへ用意した。小瓶を開けると紅茶に一滴、ケーキに数滴赤い液体を振りかけた。
「どうぞ、お召し上がりください」
 咲夜の言葉を聞いたレミリアがお茶を口に含んだ。私もスプーンでかき混ぜ、それに習う。
 口にした瞬間、感じた。鼻にくる嗅ぎ慣れた鉄錆の匂い。舌で感じ取れる、ヘモグロビンの味わい。
 あの小瓶に入っていたのは砂糖などではない。人間の血であった。
 長らく飲んでいなかった。何百年も味わっていない、人の血。紅茶自身を味わう余裕が消える。
 体中が火照り始めた。もっと欲しい。血が。もっと、もっと飲まなければ。こんな少しの血では、余計に渇きを誘う。
 犬歯が痛い。人間の首につき立てて、生き血を吸いだしたい。
 ずっと家畜の血で押さえていた血飲の衝動が、襲ってきたのだ。
「いかが、セキ?」
「ふふ、ふふふ……美味しいわ、すごく美味しい」
 素直な感想だった。いかに人間を殺さずに生きてきた自分であっても、その血液はどの菓子よりも甘い。
 今まで回避してきたところで、体が求めるものは変えれない。故に、吸血鬼なのだから。
「気に入って良かったわ。やはり、咲夜の入れるお茶は一番ね」
「恐れ入ります」
 体が血を求めて暴れだすことだけは避ける。必死に押さえるしかない。が、近くにいる咲夜を見て犬歯がうずく。
 ケーキにかけられたソースも、苺のシロップに見えるが人の血である。
 この衝動を抑えるためにも、ここはあえてお茶に呼ばれる以外に方法は無かった。理性を押さえるより、ある程度従ったほうがマシであると思って。
「さすがあなたの小間使いね。心使いが行き届いているわ」
「ただの小間使いじゃないのよ、咲夜は」 
 ケーキをつまむ。スポンジの生地と、クリームの甘さなんて気にならなかった。血の方が甘いから。
「あら、特技でもおありで?」
 紅茶で口の中を流して、訊いた。
「そうね。ナイフがお上手よ」
 聞いて、吸血鬼退治に銀が用いられることが頭に浮かんだ。
 そして思い出す。レミリアを退治しようとした人間が、銀のナイフを使っていたことを。
「それは是非見てみたいわ」
「そうですか。しかし、セキ様に手を出すのは気が引けます」
「咲夜、セキはお望みなのよ。持て成して差し上げなさい」
「では、その通りに」
 レミリアの近くで控えていた咲夜が頭を下げて一礼。
 どこからナイフが飛んでくるのか楽しみにしていると、次の瞬間には三本のナイフが目前にまで迫っていた。
 咲夜がナイフを投げる仕草など見えなかった。飛ぶナイフが風を切る音も聞こえなかった。何より、咲夜から気配を全く感じなかった。刃物を飛ばそうという気配を。
 すぐさま爪を伸ばし、ナイフを弾いてみせた。さすがに当たれば、火傷をするであろうから。
 ベクトルの狂ったナイフが音を立てて床に落ちる。かと思うと、ナイフは床に吸い込まれたかのように消えていった。
 このメイドが扱うナイフは消えるとでも言うのであろうか?
「おもしろいわね、レミリアの小間使いは」
「気に入っていただけたようね」
「ええ。手品でも使ったのかしら?」
「いいえ、種も仕掛けもございません。今のは私が投げたナイフです」
「……」
 だとすればこの人間、やはりできるのもしれない。
 油断していれば、あっさり貫かれていた。レミリアを追い詰めたと聞くほどの、実力を持ち合わせているのだろう。
「では、私は仕事がありますので失礼します。何かありましたらお呼びくださいませ」
 咲夜はそう言うと頭を下げて、消えるように部屋を出て行った。
「驚かせてしまったかしら」
「驚いていないといえば嘘になるわ。あの小間使い、ただの人間じゃないのね」
「そうよ。咲夜をただの人間だと甘く見ると、痛い目見るわ」
「……何か秘密があるのね? 例えばそう、空間に裂け目を作る、とか」
「はずれ。それは別の誰かさんのだわ。でも、おしい」
「幻想郷には愉快なのがいるのね」
「一杯いるわ。生きてる奴から、死んでる奴まで」
「それにしても、わからない。武器を作ることができるのかしら、あなたの小間使いは」
「もっとはずれ。空間に関係あることよ」
「……だめ、わからない」
「正解は時間を操る能力よ、咲夜が使っていたのは」
 それはつまり、時間を止めて自分だけが動き回れるということ。
 おそらく、さっきのは時間を止めてナイフを飛ばし、私の目前で能力を解除したのだろう。
 弾いたナイフが消えたのは、時間を止めて回収したに違いない。
 何とも厄介な能力だ。ただの人間が有する能力で考えると、非常に悪質だ。
 ケーキの残りを頂き、少し冷めてしまったお茶を飲んで少しでも血を満たす。
 レミリアは私が食べ終わるのを待ってくれているのか、話しかけてこなかった。
 最後の一口を特殊なスパイスが効いた紅茶で流し込む。絶対的な血飲量は少ないが、疼きだけでも止まればけっこう。
「ご馳走様。こんなお菓子なら喜んで毎日食べたいわ」
「お粗末様。そういえばあなた、泊まるところはあるの?」
「え……」
 どうしよう。寝る場所まで考えていなかった。
 ここは幻想郷。野宿するにはいろいろと危なっかしい輩が多い。
「ないなら、泊まっていくといい。部屋はたくさん余っているから」
 それは好都合だと思った。簡単に寝首を掻くことができるから。逆にこのことを悟られた場合、私自身が襲われるリスクも伴うが。
 それでも構わないかと思った。もう少しこの吸血鬼と一緒にいたい自分がいたから。
「では、お言葉に甘えて」
「是非そうして欲しいわ」
 しかし、このあまりに美しすぎる吸血鬼を傷つけることに抵抗があった。
 自分にそこまでの資格などないと思わせるほどの、オーラを漂わせているから。
 身長は十代の人間にも満たないほどであるが、その瞳の奥に秘める輝きは何百年も磨かれ続けた宝石の様。
 そんなレミリアに手を出すなんて恐れ多くて出来ないと思い始めた。
 ああどうしよう。ここまできて、殺すことを躊躇ってしまうなんて。


食器を片付けに来た咲夜に、部屋へ案内してもらうことにした。レミリアとはまた後に。
「先ほどの、突然の無礼に重ねてお詫び申し上げます」
「あら、いいのよ。もうそんなこと」
「そうですか。セキ様がいい反射神経をお持ちなので、思わず嬉しくなってしまいました」
「今度はもっとたくさんのナイフを飛ばしてくれるかしら」
「お望みとあらば」
 この人間もどれほどの者なのか、いまいちわからない。
 能力の話は先ほどレミリアに聞いたが、身体能力もおそらく並のものでは違いない。幻想郷で生き抜いているんだから。
 何より、この十六夜咲夜という人間が本当にレミリアに打ちのめされ、契約のもと従者となっていることに疑いを持ってしまう。
 主人が何も言わずとも従者はどんな奉仕をすべきかわかっているような。そんな関係に見える。
 主従関係と言うよりも、長年戦ってきた者同士がその末にくっついたような。そんな関係に見える。
 もしかすれば、咲夜は契約されたとはいえ嫌がってというわけではないのだろうか。
 体に傷をつけられているわけではない。衣服も与えられている。レミリアの待遇はとても素晴らしいようにも思えた。
 話に聞いて、同族嫌悪している私の思い込みのせいであって、レミリアと咲夜の関係は非常に特別なものかもしれない。
「十六夜は」
「咲夜と呼んでいただいて、構いません」
「そう。咲夜はレミリアをどう思っているの?」
「それはどういった意味でしょう?」
「例えば、怖いだとか」
「憎い、とお答えすることを期待されているのでしょうか?」
「……どこかで聞いたことがあるの。吸血鬼を襲った人間が返り討ちに遭い、その人間が吸血鬼の僕になったと」
「……」
 咲夜の表情は暗い。触れられて欲しくないのか、うんざりしているのか。そんな顔。
「話したくなかったら、それでいい。私が首を突っ込むことじゃないでしょうから」
「確かに私は愚かにもお嬢様に挑み、生死をさ迷いました。しかしそれは過去のことでございます。私は命を助けられ、今の名前を頂きました。
 私は十六夜咲夜です。あなた風に表現すれば、お嬢様の小間使いです。それ以上でも、それ以下でもございません」
 そう言った咲夜の目には、温かみのある感情がこもっていた。自信を持って言い放った証拠。
「……ごめんなさい。出すぎたことを訊いたわね」
「わかっていただければ構いません。それにしても変なことを仰いますね、セキ様は」
「うん?」
「ご自身が吸血鬼であるのに、人間の私を心配なさるなんて」
「……」
「あら、いけない。私は出すぎたことをお尋ねしてしまったのかしら」
「そ、そうよ! あなたは今、出しゃばったことを訊いたのよ!」
「それはそれは、失礼しました」
「客に対する心使いを、きちんとして欲しいものだわ」
 難癖をつけて誤魔化した。こんな人間に、私の過去を理解してもらうつもりなんてさらさら無い。

 ある一室の扉を開けた咲夜。勧められるまま、部屋へ。
 その部屋にも綺麗に掃除されたカーペットが敷き詰められ、数々の芸術品が飾られていた。
 大きな天井付きのベッドが一つ。丸い、四脚のテーブルと椅子が一つずつ。クローゼットと思わしき家具に化粧台が一つと、セットの三面鏡。
 部屋に窓はなかった。いい配慮だ。
「なかなか良いお部屋じゃない。気に入ったわ」
「それは何よりです。もう少しでお夕食の時間ですから、その時はお呼びします」
「そう、わかった。ありがとう」
「ええと、重要なことを忘れていましたわ」
「何?」
「ここ幻想郷では、吸血鬼は勝手に人間を襲うことを許されていないのでございます」
「それは何、法律?」
「契約でございます」
「それには逆らえないわね。覚えておくわ」
「セキ様に相応しいお食事をご用意いたしますのでご安心を。それでは、何かございましたらいつでもお呼びくださいませ。失礼します」
 深く頭を下げて、咲夜が部屋を出て行った。
 咲夜には人を襲えないことに残念がった風に言ったが、襲う気なんて毛頭ない。
 プライベートな時間が出来た。背伸びをする。欠伸が出た。随分、疲れてしまっているようだ。首を回すと骨が音を立てた。
 少し時間がある。休もう。薬を飲んで吸血行為の衝動を和らげた。
 ともかく、レミリアと目を合わすと魅了されてしまい、殺気が失せる。なんとかしないと。
 頭が痛くなってきた。どうするべきか整理しよう。
 ベッドに飛び込み、目を瞑った。眠っている最中に襲えるものなら、襲ってみろ。
 そう呟く。意識は落ちた。



 周りで喋る声が聞こえて、目が覚めた。
 小さな、メイドの制服に身を包んだ妖精達が部屋の掃除をしている最中だった。
 頭がすっきりしてる。いつレミリアを襲うか、方法は、あの小間使いが邪魔にならないようにするには、他に使い魔がいた場合、どうするか。
 考え始めて、レミリアの表情が思い浮かんだ。
 吸血鬼らしく、鋭い刃物のような怖い笑顔。その裏にある、人間らしい暖かい笑顔。
 あの綺麗な目で私をもっと見て欲しい。
 レミリアの声を反芻した。
 時に相手を奮い立たせるような、狂気を含んだり。またあるときは、声を聞くものを癒す慈しみが含まれていたり。
 ああ、もう一度私の名前を呼んで欲しい。
 結局、私にあの吸血鬼を殺せる自信はどんどん消えていった。
 私の大切な人をおもしろ半分に殺していった、自分と同族なのだ。人を捕食することに何の抵抗も感じない、自分と同じ種類の生物なのだ。
 そう思い返しても、あのレミリアだけは格別であると、信頼を寄せる自分がいる。
 レミリアがどれだけの人から血を吸って生きてきたとしても、許せる自分がいる。
 たとえ私の目の前で人の命を奪い、返り血で赤く染まった服を見せ付けられたとしても、目を瞑ってやりたいと寛容な態度の自分がいる。
 どう足掻いたとろで、私はあのレミリアを殺す動機を失ってしまったようだ。
 妖精メイドが私の顔を覗いていた。私は今浮かない顔をしているのか、花瓶にあった花を差し出して、元気付けようとしてくれている。
 妖精の奉仕を遠慮して、もう一度横になった。今は、妖精の優しさがうざとかった。
 ここまで来て何もしていない自分に腹が立つ。
 いままで数々の吸血鬼を狙ってきた私だが、こんな葛藤を覚えるなんて初めての出来事だ。
 自分の指先にある、爪を見た。肉体を守る鎧すら切り裂けるよう、鍛えた自慢の爪。結界さえも破れるよう、様々な魔術を施した私の爪。
 この爪で吸血鬼の動きを封じて、懐に忍ばせた木の杭を打ち込めば、吸血鬼は灰になる。いままで、そうして吸血鬼を倒してきた。
 それをレミリアに当てはめてみるが、どうもイメージしきれない。途中で自分が諦めるか、逆に屈服させられる姿しか想像できないでいた。
「失礼します」
 ノックの音に続いて、咲夜の声がした。急いで杭を隠してから、入室を許可した。
「お食事の用意が出来ましたが、いかがされますか?」
「あ、あらそう。すぐに行くわ」
 妖精メイド達を尻目に、部屋を後にした。
「セキ様、悪い夢でも見たのですか? お顔が優れないようですが」
「そんなところにしておいて頂戴」
「……」
 広間に誘われて、テーブルに着く。妖精メイドが料理を並べていた。
 私の他にテーブルに着いている者がいて、門番と一人の知らない少女、その少女お付の使い魔がいた。レミリアはまだいない。
 門番が手を上げて挨拶。呼ばれるがまま、私もテーブルへ。
「昼間のお客さんですね。あの時は悪かったわ、お嬢様のお客さんが来るなんて知らなかったから」
「もういいわよ、そんなこと。それより、あなたは何ていうの?」
「紅美鈴。あなたはセキさんで良かったかしら?」
「ええ、美鈴ね。それでそちらの、隣の人はだあれ?」
 美鈴の隣の少女に意識を飛ばした。さっきから本と睨み合うことに忙しいのか、私のことなど全く気にしない。
 本読み少女からは魔力の気配を感じる。魔法使いなのだろうか。
 美鈴がその少女の肩を叩いて呼んだところで、やっとこちらに気付いた。
「……?」
「はじめまして、本読みで忙しい方。私はセキ、あなたは?」
「……パチュリー。パチュリー・ノーレッジよ」
「そう、少しお邪魔することになったの。よろしくね」
「ニンニク」
「なっ……!」
 パチュリーの発した言葉に、思わず体が震える。その名前を聞いた衝動で、思わず席を立った。
 全身の毛を逆撫でされた気分になり、吐き気がする。
「が嫌いなのね」
「変なこと言わないで頂戴! 私が吸血鬼だとわかっていて言うなんて、もっと酷いわ!」
「まあまあ、セキさん。落ち着いて」
「……」
 パチュリーは読書を再開した。私のことなど、どうでもいい様である。
 それにしても、なぜパチュリーは吸血鬼が嫌いなものを知っているのか。
 吸血鬼ほど有名になると、誰もが苦手なものぐらい知っているからか。
「いかがされましたか、セキ様」
 お皿を並べる咲夜が尋ねた。
「……別に、どうもしないわ。少しからかわれただけよ」
「そうですか。もうすぐお嬢様をお呼びしますので」
「そう」
 どうしてそんなことをわざわざ言ってくれるのか。私が心待ちにしていることを、わかっているような言い回し。
 それにしても、レミリアはなぜ私が訪れることをわかっていたのか。
 本人に直接訊いてみるのが一番だが、どうにも、それだけはしたくない気持ち。
 こちらから訊けば、疑いを持たれてしまうかもしれないから。向こうから吐いてくれれば、自然な感じでいいと思うのだが。
「セキさん、ちょっといいですかー?」
 美鈴に呼ばれた。レミリアはまだ来ない。パチュリーは相変わらずである。
「何かしら?」
「お嬢様とはどこで知り合ったんですかー?」
 返事に困った。レミリアは皆に客人ということにしているのだから、こんな疑問を持つのは普通だろう。
 しかし実際は彼女がそういうことにして私を招いただけであって、今日までお互い面識はなかったのだから。
「あなた達と知り合う前の話よ」
 声を聞いて、思わず思考が固まった。あんまり声が綺麗だから。
 レミリアが来たのだ。後ろには咲夜が控えている。
「……ええ、そうよ。ずっと昔の話」
 適当に話を合わせると、美鈴は頷いて納得した。
「待たせたみたいね。セキ、よく休めた?」
「え──ええ、昼間無理に動きすぎたものだから、まだ疲れが残ってるけど」
 レミリアはなぜ私が寝ていたと知っているのだろう。
 もしかして、寝ている間に部屋へ来た?
「夜に来てくれればいいのに、わざわざ昼間に尋ねてくれたのだから。疲れてるのは当然でしょう?」
「さすが同じ者同士、わかってくれるのね」
 そうでもないみたいであった。
 もし私の持ち物を探られていたら、木の杭を見つけられていたら、吸血鬼を殺しに来たことぐらいすぐに察しをつけられてしまうのだから。
 そうなってしまったら、疑いを持たれてしまう。
 テーブルに料理が揃ったのか、料理を運んでいた咲夜も席に着く。パチュリーは使い魔に本を渡すと食器を手にする。
「それでは皆さん、どうぞ召し上がってください」
 咲夜の一声で皆目の前の料理を皿に取り始めた。どうやら、伴食になっているらしい。
 普通咲夜のような小間使いは、主人が取ったあとに取るというのに。ここでは、ある程度のマナーはどうでもいいのかもしれない。
 献立は一見普通の人間が食べるものと大差ないように思えたが、どこかしらに人間の部位が使われているように見える。
 妖怪、魔法使い、それから吸血鬼。これらが食べるには相応しい食事であった。
 この食事を用意するために命を失った人間にお詫びをこめて、久しい血をたくさん味わった。

 純粋な人の血はやはり美味しかった。この体に最も合う食事だ。力が沸いてくる。
 食後のワインにも、やはりそれは含まれていた。
 パチュリーはレミリアの事をレミィと呼び、レミリアはパチュリーのことをパチェと親しみを込めて呼び返していた。
 彼女達は仲がいいんだろう。時折会話が途切れても、お互い沈黙を楽しんでいるような感じだから。
 少し、パチュリーを羨ましく思った。

 私は先に食事を上がらせていただき、廊下の窓から外へ出た。
 夜の空は良く晴れて、月が見える。今晩は満月のようだ。少し体を動かそうと思い、紅魔館の上を飛んでみた。
 冷たい空気が気持ちいい。自由に動けることに、快感を覚える。文字通り羽を伸ばせるのだから。
 レミリアのことを考えて、ため息が漏れた。
 いっそレミリアを殺すことは諦めて、他の吸血鬼を探しに行こうかとも思う。
 自分がまるでレミリアに恋をしているみたいだから。同姓、同族の彼女に愛を注ぎたいと思う自分がいるから。
 もしかすれば、私はレミリアの能力によって彼女に恋心を抱くという、数奇な運命に導かれてしまったのではないか。
 レミリアを殺すことができないという未来に誘われてしまっているのでないか。
 そうであるなら、ここまで殺意が失せるのも目に見えない効果のせいだと言えないだろうか。
 とにかく、こんな状態でレミリアに立ち向かおうなんて無理な話かもしれない。
 視界の端に誰かが見えた。噂をすれば何とやら。レミリアが私を追って飛んできたのだ。
「賑やかなのは嫌いだったかしら?」
「そんなのじゃないわ。ただ、体を動かしたかっただけなの」
「パチェに遊ばれていたのね」
「……思い出したくない」
「悪気はないんだから、許してあげて」
「ええ、もう過ぎたことだし……」
「それより、遊びましょうよ。似たもの同士でさ」
「いいわよ、追いかけっこでもする? すごく激しい鬼ごっことか」
「吸血鬼らしく鬼を演じればいいのね。賛成よ」
「じゃあ私が鬼の役でいいわ」
 レミリアが距離を置いた。いつでもどうぞと言いたげに、にっこり笑う。
 合図だと受け取り、空を蹴った。私から逃げるように、レミリアも飛ぶ。
 上下左右だけでなく、立体的に動き回るレミリア。
 同じ翼を持つものだけあって、飛び方も殆ど変わらない。
「さすがね。ちょっとやそっとじゃ逃がしてくれなさそうじゃない」
「レミリア、あなた速すぎ。全然追いつかせてくれないじゃない!」
 小さく旋回して、素早く相手を回りこむように追いかけても、同じように飛ばれて一定の距離を保たれる。
 速度もお互い、殆ど差がない。レミリアが思っていたほど速く飛ばないから。
 とはいえ、私は最大に近いスピードを出しているのに対して、向こうは表情に余裕がある。相手の底はまだまだあるのだろう。
 レミリアが紅魔館の屋上を背にする形で追い込めば、勝機はあるかもしれない。
 相手を屋上へ押し込む形に誘導。屋上が近づいてきたところで、レミリアに向かって急接近。
 しかしレミリアのトップスピードを以ってされれば、小手先の策略などに意味はなかった。
 悩み果てて止まっていると、向こうも止まった。お互い、数メートルの距離を置いたまま。
 気持ち良さそうに肩で呼吸するレミリアが言い放つ。
「このままだと決着が着きそうにないわね」
「同感。鬼を変えてみる?」
「ううん、やめておくわ。あなたが思ってたより速くてびっくりしちゃった」
「それは嬉しい限りだわ」
「それじゃあ、あなたは何が自慢かしら?」
 レミリアにそう訊かれて、自分の利き手を見せ付けた。力を込めて、爪を伸ばす。いずれも長さは短剣ほど。
「私には、これしか能がないの」
「弾幕を放つのは苦手なようね」
「飛び道具は持ち合わせてないわ」
「そう。じゃああなたの土俵で遊んであげる」
 レミリアも爪をちらつかせる。私のそれと比べると、あまり立派には見えない。
 それでも彼女自身から感じる、底知れぬ魔力に恐怖する。おそらく彼女は肉弾戦以外もこなせるのだろう。
 そして思う。今の気持ちなら闘える。その美貌に目を奪われることなく、戦闘に集中できそうだ。
「見てよレミリア、今宵はこんなにも月が丸いわ。吸血鬼同士の、永い永い夜を楽しめるわね」
「ええ、素晴らしいわ。ちょっとやそっとじゃ壊れてくれないんだから、無理をさせてもらうわよ」
 レミリアが高笑いを響かせた。それに驚いた、眠る野鳥達が遠くで飛び立っていく。
 その甲高い笑い声を聞いて、体が震えだした。こんなにも強そうで、美しい同族と命を奪い合えることが嬉しいと。
 口がにやけてしまう。レミリアと初めて顔を合わせてから望んでいたことが実現するなんて。
「セキはいつまでわたしの踊りと付き合ってくれるかしら?」
「オープニングからエンディングまで。アンコールも付き合ってあげる」
 レミリアを睨んだ。レミリアも私を睨み返した。双方、肉薄して凶器を交わす。
 レミリアの獲物は思った以上に鋭く、私の肉体をいともたやすく傷つけた。しかし私もただでは済まない。
 鍛えぬいたこの爪の威力は、簡単に彼女の脇腹を貫く。引き抜いて、距離を取った。
「へぇ……おもしろいじゃない」
 私の爪の味さえ楽しむレミリアが微笑む。初めて会ったときのように。
 今は満月。吸血鬼に最も力があるとき。傷つけられたところはたちまち回復し、風穴のあいた彼女の脇腹は瞬時に塞る。
「でも、こんなのじゃあなたは怯みもしない。そうでしょ、レミリア」
「ええ。何より、こんなに楽しいんだから。音を上げるなんてセキに失礼じゃない」
 やはりこの相手では、今宵の状態なら、生半可な攻撃ではお互い倒れない。
 レミリアが相手なら、体の奥底から湧き出る魔力を注ぎ込んでも、おそらく倒れてくれない。
 レミリアがどれだけの攻撃を当ててきても、私はきっと起き上がれる。
 音楽が欲しいと思った。チェンバロの様に悲壮な感じが漂う、幻想的な音色の音楽で。
 演奏者の指が壊れるほどの、楽器を痛めるほど狂ったように激しく、速い弾き方で。
 どちらが先に動いたか。再び肉の削ぎ合いが始まった。
                                                         (後編へ続く)


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